2013/12/03
法務情報
【労災事故】労災事故で多額な賠償金を支払わなければならない場合
当社の建設現場において,パワーショベルのバケットで松杭を地中に打設する作業の準備のために,パワーショベルのバケットにワイヤーをかけて松杭にワイヤーをからげ,トラックから打設場所まで運ばせたところ,旋回速度が速く,ワイヤーから松杭が外れ松杭の打設場所に待っていた作業員に激突しました。作業員は6か月間入院し,6か月間通院治療しましたが,打ち所が悪く下半身不随の後遺障害が残ってしまいました。もちろん労災保険に入っています。労災保険に入っているので大丈夫でしょうか。
1 使用者の安全配慮義務
使用者は従業員に対して公的な労災保険制度に基づく責任のほかに労働契約に基づく安全配慮義務を負います。労働契約法第5条(労働者の安全への配慮)は「使用者は,労働契約に伴い,労働者がその生命,身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう,必要な配慮をするものとする。」としています。そして,労働安全衛生法は労働災害の防止のための危害防止基準を設け,労働安全衛生規則に細かな具体的な規定を置いています。
労働安全衛生規則は建設機械の使用についても細かに規定し,164条にパワーショベルの使用条件を細かく定めています。これに違反した作業を行わせ,作業中に従業員にけがをさせてしまった場合は,安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任が認められる可能性が大きいです。
2 パワーショベルについての規定
労働安全衛生規則第164条のパワーショベルについての規定を見てみましょう。
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1項 事業者は,車両系建設機械を,パワー・ショベルによる荷のつり上げ・・・・等当該車両系建設機械の主たる用途以外の用途に使用してはならない。
2項 前項の規定は,次のいずれかに該当する場合には適用しない。
1号 荷のつり上げの作業を行う場合であって,次のいずれにも該当するとき。
イ 作業の性質上やむを得ないとき又は安全な作業の遂行上必要なとき。
ロ アーム,バケット等の作業装置に次のいずれにも該当するフック,シャックル等の金具その他のつり上げ用の器具を取り付けて使用するとき。
(1) 負荷させる荷重に応じた十分な強度を有するものであること。
(2) 外れ止め装置が使用されていること等により当該器具からつり上げた荷が落下するおそれのないものであること。
(3) 作業装置から外れるおそれのないものであること。
2号 荷のつり上げの作業以外の作業を行う場合であって,労働者に危険を及ぼすおそれのないとき。
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3 今回の事故についてのあてはめ
パワーショベルで荷のつり上げは原則として禁止されています。また,パワーショベルのバケットでの松杭の打設も主たる用途以外の用途に使用したといえますので,原則として労働安全衛生規則164条1項違反となります。
荷のつり上げについては,2項1号の定める条件を満たせば違反にはなりませんが,本件では,トラックから作業員のいる場所への松杭の移動であり,イに該当しないでしょうし,単にワイヤーを松杭にからげ吊るしただけではロにも該当しないでしょう。
その結果,あなたの会社は安全配慮義務違反を理由として,作業員に生じた損害を賠償しなければならない可能性があります。
4 人身事故は多額の賠償金
人身事故は被害者の一生に障害を与えることから結果が重い場合は極めて多額の賠償金になります。 下半身不随の場合は「両下肢の用を廃したもの」として後遺障害等級1級相当の後遺障害です。仮に,作業員が50歳で年収が500万円であったとすると,損害賠償金額を,概算で,裁判所の基準で計算すると次のようになります。
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(1)治療費 たとえば200万円(実費)
(2)休業損害 500万円(1年間休業)
(3)入通院慰謝料 282万円(入院6か月通院6か月)
(4)後遺障害慰謝料 2800万円(後遺障害1級)
(5)後遺障害逸失利益
500万円×100%(労働能力喪失率)×11.2741(67歳まで17年間の将来分の現価への引き直し)=5637万円
合計9419万円となり,そのほか,付添費,雑費,介護必要な場合は介護費用が請求され一括払いが求められます。
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5 事故防止のほか,事業継続と被害者のための保険の必要
労災保険で支払われるのは治療費と休業損害の一部です。障害年金も支給されますが,既払い金のみが損害賠償金から控除されます。そのため,あなたの会社が損害賠償金のほとんどを支払う必要が出てきます。もし,労災保険以外の保険に加入していなければ,会社の資金繰りに重大な影響を与えますし,十分に支払うことができなければ後遺障害を負った従業員やその家族も生活の再建ができません。
事業者としては労働安全衛生法や安全衛生規則を守って,労災事故を起こさないこと,万一の発生に備えて労災保険に加入するばかりでなく,上乗せの保険に加入する必要があります。これは,交通法規に従って自動車を運転して事故を起こさないこと,万一事故が起きることに備えて,自賠責保険のほかに,任意保険に加入して,被害者の生活の再建を図ることと同じことです。
◆弁護士法人一新総合法律事務所 弁護士 古島 実◆
<初出:顧問先向け情報紙「こもんず通心」2013年8月31号(vol.133)>
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