2014/04/08
法務情報
【法務情報】退職金について
1 はじめに
退職金とはなんでしょうか?
退職金は一般的にもおなじみの概念だと思いますし,当たり前のようにもらえるものと認識している方も多いかと思います。
ところが,法律上,退職金は必ず払わなければならないものではありません。
「えーっ!!」と思う方も多いと思います。退職金は,意外と法律の考え方と一般的な感覚とのギャップがあり,紛争が起こりやすい法分野なので,この機会に一度,概観してみたいと思います。
2 退職金とは(法律の考え方)
賃金は,労働に対する対価なので,労働契約を結んでいる以上,働いた分だけ当然にもらえるものです。
退職金は,法律上,賃金的な性格と功労に対する報いという性格があると理解されています。
賃金であれば,労働契約上,対価として当然に払う必要があるのですが,功労金であれば,必ずしも当然に払うべきものではないということになります。
そのため,法的には,退職金は,契約や就業規則で,支給すること及び支給基準が規定されてはじめて支給義務が発生します。
つまり,就業規則や契約で取り決めがない場合には,退職金はもらえないことになります。
3 退職金にかかわるトラブル
~契約や就業規則に定めがない~
【事例1】
Aさんは,B会社で,入社以降40年間勤務し,この度,めでたく定年退職をむかえることになりました。Aさんは退職金をもらえるものと信じていましたが,社長によれば,「うちは退職金規程がないから退職金はありません」とのこと。契約上も定めがない。もっとも,これまでは退職金が当たり前のように支払われてきていました。
この場合,これまでに述べてきたように,Aさんは,原則としては,退職金をもらうことはできません。
もっとも,これまで退職金が支払われてきた社内での実態が,労使慣行と認められるほどに至っていれば,退職金請求が認められる場合もあります。裁判例においては,①退職者に対して,退職金を支払っていた実績がどの程度あったか,②退職金があるという説明をしたことがあったかどうかという事情が重視されています。労使慣行と認められるためには,就業規則等の明確な約定に代わり得るほどの事例の実績があることが必要とするのが,裁判例の基本的なスタンスです。
4 退職金にかかわるトラブル
~懲戒解雇と退職金の不支給~
【事例2】
Xさんは,Y会社に30年間真面目に勤めていましたが,退職を目前にして会社のお金(300万円)を横領してしまい,懲戒解雇処分を受けました。
Y会社の就業規則には,「懲戒解雇処分を受けた場合には,退職金を不支給または減額することができる」との定めがあり,この規定を理由に本来もらえるはずの退職金(700万円)をもらえなくなってしまいました。
まず,前述のとおり,退職金は,功労金的な性格があるため,Y会社のように懲戒解雇を理由として不支給とする旨定めることができます。問題は,事例の場合で,全額不支給にすることが果たして妥当かという点です。
この点,裁判例では,不支給・減額条項を「無限定に認めることは相当でない」としており,不支給・減額条項を有効に適用できるのは,「労働者のそれまでの長年の功を抹消してしまうほどの不信があったことを要する」としています。
事例の場合でも,Xさんの一回の横領が,30年間真面目に働いてきた功労を全て抹消してしまうほどの悪事だったのかという観点から,不支給・減額の是非を判断することになります。裁判例は,不支給については相当厳格に考えているので,事例の場合でも全額不支給とすることは違法とされる可能性が高いと思われます。もっとも,一部減額は事情によってはあり得るでしょう。
5 退職金にかかわるトラブル
~就業規則の不備~
紹介したケースの他にも,退職金不支給条項に「懲戒解雇処分を受けた場合」しか定めていない場合には,問題となりやすいです。
例えば,事例2の場合で,Xさんが横領発覚後,懲戒解雇処分を受ける前に,会社の説得により自主退職した場合には,懲戒解雇「事由」があるにもかかわらず,懲戒解雇「処分」をしていないわけですから,退職金不支給条項に該当しないと主張されます。
これは明らかな就業規則の不備です。モデル就業規則をそのまま使用していたりするとこういったトラブルが起こりがちです。
6 おわりに
このように,退職金は,一般的には,なじみのあるものであっても,法律上は,意外とトラブルが生じやすい分野なのです。金額が大きくなりがちである分,トラブルが発生した場合には大きな損害になる場合があるので,注意が必要です。
◆弁護士法人一新総合法律事務所 弁護士 五十嵐 亮◆
<初出:顧問先向け情報紙「こもんず通心」2013年12月15日号(vol.140)>
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