2012/10/09
法務情報
【法務情報】その固定残業代で本当に大丈夫?
皆さんの中にも,残業代について,固定残業代を採用している会社もあると思います。
営業職や運送業など,時間外労働時間の把握が困難なケースでは便宜な方法ですが,法律に明確な規定がないこともあり,使用者に都合よく解釈して運用している例も散見されてきました。この固定残業代に関して,3月に最高裁で新しい判決が出ましたので,ご紹介します。使用者にとっては,ちょっと厳しい内容です。
判例の事案は,会社との間で①基本給を月額41万円とする,②月間総労働時間が180時間を超える場合には1時間当たり一定額を別途支払う,③月間総労働時間が140時間未満の場合に1時間当たり一定額を減額する,という雇用契約を結んでいた派遣労働者が,会社に対して時間外労働の割増賃金を請求したというものでした。
これに対して裁判所は,基本給の一部が他の部分と区別して時間外の割増賃金とされていない上,割増賃金の対象となる時間外労働の時間数は月によって大きく変動し得るので,基本給について,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができない,そうした事情からすると,基本給の支払によって,月間180時間以内の労働時間中の時間外労働について割増賃金が支払われたとすることは出来ないとしました。
また,会社は,労働者が月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対する時間外手当の請求権を自由意思により放棄した,と主張しましたが,裁判所は,労働者の意思表示の事実も窺われないし,毎月の時間外労働時間は相当大きく変動し得るもので,その時間数を予測することが容易ではないことから,自由な意思に基づく放棄の意思表示があったとは言えないとして,その主張を退けました。
つまり,180時間以内の時間外労働についても,基本給とは別に,労働基準法の定める割増賃金を支払う義務を負うと結論したのです。
この判決を踏まえて,法律上問題のない固定残業制にするには,㋐毎月の給与の中に予め一定時間の残業手当が含まれていることを雇用契約上明確にすること,㋑支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されること,㋒一定時間以上の残業に対しては,別途残業手当を支給することを明らかにすること,が必要になると思います。
そこで,もし,現在,固定残業制を採用しながら上記要件を備えていない場合には,労働契約,就業規則,賃金規定等の見直しの必要が出てきますが,ここでも注意が必要です。
まず,従業員への支給総額を変えずに整備しようとすると,多くの場合,基本給を下げることとなると思われますが,これは労働条件の不利益変更になりますので,会社が一方的に変更することは出来ません。労働者に対して,法律を遵守するために給与体系を整備するということについて説明を尽くして,何とか同意してもらうしかありません。
また,基本給と明確に区別したとしても,余りに長時間を算入することは別の問題につながりかねません。例えば,仮に1か月に100時間算入と定め,恒常的に100時間の残業をさせた結果,労働者に健康被害(場合によっては過労死の結果)が生じれば,会社は安全配慮義務違反を問われることになるでしょう。超過勤務を抑制する観点からも,基本給への算入時間は少なめに設定し,超過分をきちんと計算して支払うことをお勧めします。
それでは固定残業代にするメリットがないと思われるかもしれませんが,紹介した判決は,使用者に対し,労働基準法に忠実であることを求めています。それは,そうすることが,結局は労使双方にとって利があるからだと思います。
最近,増加傾向にあると言われている未払残業代請求を未然に防止する意味でも,いま一度,御社の賃金体系を検討してみてはいかがでしょうか。
◆弁護士法人一新総合法律事務所 弁護士 角家 理佳◆
<初出:顧問先向け情報紙「こもんず通心」2012年6月15日号(vol.104)>
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