2013/07/09
法務情報
【法務情報】電子記録債権法をご存じですか?
1 「電子記録債権」とは?
社会のIT化の進む中,平成20年12月1日から「電子記録債権法」が施行されました。その概要を紹介します。
「電子記録債権」とは,電子債権記録機関の記録原簿への電子記録をその発生・譲渡等の要件とする,既存の指名債権・手形債権などに加わった新たな金銭債権です。新たな類型の金銭債権を創設し,取引の安全性・流動性を確保することにより,「事業者の資金調達の円滑化」等を図ろうとするものです。
2 電子記録債権の取引の流れ
まず「電子債権登録機関」に利用の申込みが必要です。例えば,一般社団法人全国銀行協会(全銀協)が設立した株式会社全銀電子債権ネットワークが運営する「でんさいネット」は,全国の銀行に加え,信金,信組,農協,商工中金等が参加しており,取引先金融機関に利用を申し込むことで手続ができます。
その上で,債権者と債務者の双方が電子債権記録機関に「発生記録」の請求をし,これにより電子債権記録機関が記録原簿に「発生記録」を行うことで電子記録債権が発生します(15条,16条)。
また,譲渡人と譲受人の双方が電子債権記録機関に「譲渡記録」の請求をし,これにより電子債権記録機関が記録原簿に「譲渡記録」を行うことで電子記録債権が譲渡されます(18条)。
そして,金融機関を利用して債務者口座から債権者口座に払込みによる支払が行われた場合,電子記録債権は消滅し,電子債権記録機関は金融機関から通知を受けることにより遅滞なく「支払等記録」をすることになります(24条,25条)。
その他,電子記録保証をするための「保証記録」(31条以下),電子記録債権を質入れするための「質権設定記録」(36条以下),権利の内容等を変更するための「変更記録」(26条以下),電子記録債権を分割するための「分割記録」(43条以下)などがあります。
3 手形と比較した特長
手形の場合には,紙媒体を利用することのマイナス面(作成・交付・保管コスト,盗難・紛失リスク)がありますが,電子記録債権なら回避できます。
また,1枚の手形上の権利を分割譲渡することはできませんが,電子記録債権ならば可能です(43条「分割記録」)。受取手形を支払いに回すのと比べ,額が自由に設定できるのが便利です。
電子債権記録機関への手数料はかかりますが,印紙代はかかりません(登録免許税もかかりません)。
なお,手形と同様,電子記録債権の発生により,その原因となった債権(例えば,売買代金債権)は消滅せず,電子記録債権と併存します。
4 指名債権と比較した特長
一般の売掛金や貸付金は「指名債権」と呼ばれ,原則として譲渡可能ですが,その流通性は不十分です。電子記録債権は,権利の帰属が電子記録により可視化されており,権利が二重に譲渡されるおそれもなく,債権者から債務者への通知や債務者の承諾といった手続も不要です。
電子記録債権は,手形と同様,第三者に譲渡したり,金融機関で割り引くことで早期に資金調達することが可能です。
5 取引の安全を図るための規定
まず,電子記録の請求における意思表示の心裡留保又は錯誤による無効や,詐欺又は強迫による意思表示が取消しは,善意・無重過失の第三者(取消しの場合には取消後の第三者)には対抗できません(12条「意思表示の無効又は取消しの特則」。例外あり。なお,「善意」は「知らない」,「悪意」は「知っている」です。)
次に,代理権のない者(無権代理人)が電子記録の請求をした場合は,相手方に重過失がない限り,無権代理人の免責を認めないとしています(13条「無権代理人の責任の特則」)。
また,電子債権記録機関が虚偽の電子記録をしたり,無権代理人や他人になりすました者の請求に基づく電子記録をしたことによって第三者に損害が生じた場合,電子債権記録機関は,無過失を証明しない限り,損害賠償責任を負います(14条「電子債権記録機関の責任」)。
さらに,電子記録債権の譲渡について,権利者として債権記録に記録されている者が無権利者であっても,悪意又は善意・重過失の場合を除き,譲受人は権利を取得できます(19条「善意取得」。例外あり)。
加えて,債務者は,原則として,電子記録債権を譲り受けた者に対し,権利発生の原因となった事情等を理由に支払を拒むことはできません(20条「人的抗弁の切断」。例外あり)。
債務者が債権記録に電子記録債権の債権者として記録されている者に対して支払をした場合には,仮に無権利者であったとしても,悪意又は重過失がない限り,その支払は有効になります(21条「支払免責」)。
また,電子記録保証人は,主たる債務者として記録されている者が債務を負担しない場合であっても,電子記録保証債務を負うことになります(33条「電子記録保証の独立性」)。なお,電子記録保証人が支払った場合には,電子記録債権法独自の他の債務者に対する求償権が発生します(35条「特別求償権」)。
6 その他
電子記録債権は3年間で時効消滅します(23条「消滅時効」)。
記録事項の開示権限者は,利害関係者と金融機関のみです(87条,88条)。
「でんさいネット」では,手形の裏書人と同様,原則として譲渡人は保証人となります。また,「支払不能処分制度」により6か月以内に2回支払不能が発生した債務者につき,債務者としての「でんさい」の利用と参加金融機関における貸出取引が2年間停止されます(手形不渡りとの通算はなし)。
◆弁護士法人一新総合法律事務所 弁護士 今井 慶貴◆
<初出:顧問先向け情報紙「こもんず通心」2013年4月1日号(vol.123)>
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