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法務情報

2016/12/19

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退職金規程の不利益変更 職員の署名押印があっても無効!? ~吸収合併の事案~

新潟事務所ビジネス労働燕三条事務所弁護士五十嵐亮長岡事務所新発田事務所上越事務所企業・団体東京事務所

1. はじめに

 

吸収合併に伴い退職金規程を不利益に変更した事案について,

最高裁が判断を示しました。

 

本判決は,吸収合併に伴って退職金規程を変更した事案についてのものですが,

退職金規程を不利益に変更する場合には,参考にすべきものと思われます。

 

 

 

2. 事案の概要

 

A信用組合は,平成13年頃,経営破たんが懸念される状況となったことから,

B信用組合に対して合併を申し入れたところ,

B信用組合がA信用組合を吸収する形での合併契約(吸収合併)が締結されました。

 

それに伴い,A信用組合の職員は,B信用金庫の職員が承継することになりました。

承継された職員の退職金は,合併後に退職する際に,合併前後の勤続年数を通算して,

B退職給与規程により支給することなどが合意されました。

退職金の水準については,当初,A信用組合の水準を維持することが提案されていましたが,

B信用組合側から疑問が呈されていました。

 結局,退職金の額が大幅減になり得る内容での同意書が作成されました。

 

具体的には,

退職金額の計算の基礎となる給与額につきこれまで2分の1とすること,

基礎給与額に乗じられる支給倍数に上限が設定されること等が決定し,

これにより退職金がゼロ円となる可能性が高いことになりました。

 

このような変更について,A信用組合の常務理事らは,職員に対し,

「これに同意しないと本件合併を実現することができない」などと告げて,

退職金変更の同意書に署名押印を求め,同意書を作成したものです。

 

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3. 賃金や退職金の減額に関する判断

 

労働条件は,

労働者と使用者の個別の合意によって変更することができるとされています(労働契約法8条)。

 

もっとも,本判決では,賃金や退職金に関する変更の場合には,

変更について労働者が同意したのか否かについては慎重に判断するべきとされました。

労働者による同意が,

「労働者の自由な意思に基づいてなされたものと

認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否か」

という観点から判断されるべきとしています。

「同意書に署名押印しているのに何で合意が無効になるの?」

と思われた方もいらっしゃるかもしれません。

 

本件のポイントはまさにそこにあります。

 

この判決は,賃金や退職金に関する労働条件を不利益に変更する場合には,

仮に,労働者が同意書に署名押印をしたとしても無効になる場合があることを示した判決なのです。

 

最高裁はその理由として,

労働者は、

「自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力に限界がある」ことを挙げています。

 

そして,最高裁は,本件について,十分に必要な情報が与えられていたというためには

「支給基準を変更する必要性等についての情報提供や説明がなされるだけでは足りず,

自己都合退職の場合には支給される退職金額がゼロ円となる可能性が高くなることや

従前からの支給基準との関係でも著しく均衡を欠く結果となることなど,

本件基準変更により

職員に対する退職金の支給につき生ずる具体的な不利益の内容や程度についても,

情報提供や説明がされる必要があったというべきである」としています

(結論としては,この部分についての審理が不十分であるとして高等裁判所に差し戻されています)。

 

 

4. 本判決のポイント

 

賃金を減額する場合には,

仮に労働者の個別の同意があったとしても無効になる場合があることは,

従前から認められていた判例法理です。

 

会社が合併する場合,

複数の会社が一緒になるわけですから,

「労働条件を統一しなければならない」という必要性が出てきます。

 

本件のようなA信用組合の倒産回避のために

B信用組合に吸収合併してもらう場合には,

倒産が回避されたのだから労働条件の不利益な変更も甘んじて受け入れるべき

との考えもあるかもしれません。

 

しかし,最高裁は,

本件のような倒産回避のための吸収合併に伴う賃金,退職金の変更の場合にも,

署名押印さえしてもらえば,賃金や退職金の不利益変更をできるわけではない

という従来からの判例法理が当てはまるという判断をしたものです。

 

この点に本判決の特徴がありますので,ご確認ください。

 

 

—-——-—-——-—–——-—- Point ———-—————-——-———–

 

1.賃金の減額

労働者の同意がある場合でも無効になる場合がある。

(これまでの裁判例)

 

2.吸収合併に伴う退職金の減額

労働者の同意がある場合でも無効になる場合がある。

(今回の判決)

 

3.無効にならないためには

自由意思に基づく同意が必要。

減額の必要性のみならず,

具体的な不利益の内容や程度についても説明をする必要がある。

 

 

 

◆弁護士法人一新総合法律事務所 弁護士 五十嵐 亮◆

<初出:顧問先向け情報紙「こもんず通心」2016年4月1号(vol.192)>

※掲載時の法令に基づいており,現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。

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