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法務情報

2018/10/15

法務情報

残業代、予め払ったはずなのに……

新潟事務所労働燕三条事務所長岡事務所新発田事務所上越事務所企業・団体東京事務所弁護士鈴木孝規

未払残業代問題

最近、ニュースなどで、「○○社の残業代の未払いが発覚した」「労基署から指導が入った」という話題をよく耳にします。

残業代の未払いが後で発覚すると、その支払いのために一度に大きな支出を覚悟しなければならず、また会社の印象も悪くなってしまいます。

みなさんの会社は、どうでしょうか?

「うちの会社は、予め残業代を基本給や諸手当に含めて支払っているから、大丈夫」と思っていませんか?

この問題に関して、昨年7月7日、注目すべき最高裁判例が出ていますので、ご紹介します。

最高裁判決の事案

本件は、私立病院に勤務していた医師(40 代、男性)が、病院から解雇されたことに対し、解雇の無効確認及び未払の割増賃金(残業代)の支払い等を求めて病院を訴えたという事案です。

医師と病院の間の雇用契約では、年俸を1700万円(本給、諸手当、賞与により構成)とし、そこには午後5時30分から午後9時までの間に行われた残業に対する割増賃金も含むとされていました。

しかし、年俸1700万円のうち、具体的にいくらが割増賃金に当たる部分なのかは明らかにされていませんでした。

そこで、医師側は、「午後5時30分から午後9時までの時間帯に行われた残業に対する割増賃金は、年俸に含めて支払われたとは言えない」と主張しました。

みなさんは、この主張についてどうお考えになりますか。

裁判所の判断

中には、「1700万円という高額な年俸を定めているのだから、その中には一定の割増賃金が含まれていると考えるのが自然である。年俸のうち、どの部分が割増賃金に当たるか明らかになっていなくても問題ない。」と考える方もいらっしゃるかもしれません。

実際、第二審では、年俸に午後5時30分から午後9時までの間に行われた残業に対する割増賃金も含むという合意は、医師としての業務の特質や、医師が自らの労務提供について裁量があり、給与額が相当高額であったこと等からすれば、労働者としての保護に欠けるおそれはなく、月額給与のうちどの部分が割増賃金に当たるかを判断できなくても不都合はないので、午後5時30分から午後9時までの間に行われた残業に対する割増賃金は、月額給与及び当直手当に含まれると判断しました。

ところが、最高裁は逆の結論をとりました。

最高裁は、①割増賃金をあらかじめ基本給や諸手当に含めることにより支払う方法自体は、労働基準法に反しないとしつつ、②その場合は基本給のうち、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分を判別することができることが必要であり、③その割増賃金に当たる部分の金額が、労働基準法が定める額(通常の労働時間の賃金の1.25~1.5倍の範囲内で、政令が定める以上の率で計算した額)を下回る場合には、使用者はその差額を支払う義務がある、としました。

理由は、労働基準法は使用者に対し、時間外労働を抑制し、労働基準法を遵守させるとともに労働者への補償を行うことを目的として、同法律が定める額の割増賃金の支払いを義務付けているところ、法律が定める額の割増賃金が支払われているか否かを判断するためには、基本給のうち、いくらが割増賃金として支払われたのかが分かる必要があるということです。

そして、本件では、午後5時30分から午後9時までの間に行われた残業に対する割増賃金は年俸1700万円に含まれるという合意はされていたものの、このうち割増賃金に当たる部分は明らかにされておらず、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分を判別することができないため、病院の医師に対する年俸の支払いにより、割増賃金が支払われていたとは言えない、と判断しました。

中には、「医師の報酬の高額さは、一切考慮されないの?」と腑に落ちない方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、最高裁は、時間外労働の抑制、労働時間に関する規定の遵守、労働者への補償という趣旨は、高額な収入を得ている労働者にも妥当する、と考えているようです。

したがって、「全体として高いお金を払っているから大丈夫」と安心することはできません。

残業代の支払い方、どうすればよい?

では、実際に残業代をあらかじめ年俸に含めて支払うときは、どのようにすればよいのでしょうか?

最高裁は、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分を判別することができることが必要である、としているので、労働契約において「年俸○円のうち、○円を通常の労働時間分に対する賃金、○円を時間外労働○時間に対する割増賃金とする」と決めておけばよい、ということになるでしょう。

残業代も含めて高いお金を払っていたつもりなのに、残業代とは認めてもらえなかった……ということにならないよう、労働契約を結ぶ時から、残業代の支払い方法・額を明確にしておきましょう!

<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2018年3月5日号(vol.218)>

※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。


この記事を監修した弁護士
弁護士 鈴木 孝規

鈴木 孝規
(すずき たかのり)

一新総合法律事務所  弁護士

出身地:静岡県静岡市
出身大学:一橋大学法科大学院既修コース卒業
主な取扱分野は、企業法務(労務・労働事件(企業側)、契約書関連、クレーム対応、債権回収など)。そのほか相続、金銭トラブルなど幅広い分野に対応しています。
企業法務チームに所属し、社会保険労務士向け勉強会では、ハラスメント対応をテーマに講師を務めた実績があります。

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