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法務情報

2019/06/25

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「情状」ってどんなことですか? 〜「ピエール瀧被告執行猶予の判決」報道から〜(弁護士:和田光弘)

新潟事務所弁護士和田光弘燕三条事務所長岡事務所新発田事務所上越事務所東京事務所

1 はじめに

2019年6月19日の新聞報道によれば、「ピエール瀧被告執行猶予の判決」「コカイン使用 有罪」の見出しの下に、ミュージシャンのピエール瀧(本名・瀧正則)被告(52)が18日、東京地裁で判決を受け、小野裕信(ひろのぶ)裁判官は「常習的な犯行だが、治療を受けて薬物を絶つ誓約をしている」と述べ、懲役1年6ヶ月執行猶予3年(求刑・懲役1年6ヶ月)を言い渡した、とのことです。

 

小野裁判官は、ミュージシャン中心の活動から映画やドラマにも仕事の幅を広げたため、「私生活が圧迫され、限られた時間の中でストレスを解消するため、一人で使った」と認定した、とも報じられています。

 

判決言い渡しの最後に、裁判官は、おそらく瀧さんに対して

 

「刑務所には行かないで社会生活を送りながら、3年間、新たな犯罪によって刑を受けることがなければ、この事件の刑罰は終わります(正確には「無かったことになります」)。もし、何か事件を起こして刑を受けることがあれば、この執行猶予が取り消され、今回の1年6ヶ月の懲役刑に新たな事件の刑罰が加わって、刑務所に行くことになってしまうでしょう。」

 

と説明したと思われます。

 

「情状」ってどんなことですか?〜「ピエール瀧被告執行猶予の判決」報道から〜①

 

まさに、刑の執行を一旦先延ばしにして、猶予してしまうから、「執行猶予」なのですね。

 

懲役刑であれば、「刑の執行」というのは、被告人を刑務所に収監し、懲役作業〜例えば、刑務所が一般企業から請け負っている製造作業など〜に従事させることになります。

 

いやあ、普通の人が考えても、天と地の差ですね。

 

ですから、弁護士も、執行猶予がついた判決の場合には、懲役刑がちっとも減らなくても(瀧さんの場合も求刑の懲役刑と執行猶予の懲役刑は同じでした。)、成功報酬をもらうことになります。

 

この執行猶予がつくための本人の事情、つまり被告人の量刑を決める際の「情状」というものには、どんなことが考慮されるのでしょうか。

 

2 瀧さんの場合の情状

瀧さんの場合に考慮された情状事実は、以下の事実になりそうです。あくまで報道記事からの推定と、私の薬物事犯弁護の経験からの推察です。

 

 

1)コカイン使用の麻薬取締法違反としての起訴は初めてであること(初犯であること=仮に交通違反の前科があっても薬物使用の前科はないこと)

2)コカイン使用の背景には私生活の圧迫と相当のストレスがあったこと

3)コカイン入手の経路に組織的かつ大規模なルートはなく、現在では特定のルートの連絡方法を遮断したこと

4)その使用方法は被告人の使用のみで家族・友人等に拡散していないこと

5)韓国紙幣による吸引という方法は、注射器使用などとは違って常習性が深まっているとまでは言えないこと(親和性はないこと)

6)被告人はこれを契機に反省し薬物使用を二度としないと誓っていること

7)現に保釈中に治療に当たった医師も薬物使用をやめられる可能性は高いと証言していること

8)家族・友人は被告人の更生を期待し支援していること

9)被告人はミュージシャンとしての才能を始め、芸能活動の才能があり、その再起を期待している関係者も多いこと

10)被告人の妻は、出廷した上で、被告人とともに今後の更生の道をともに歩むと誓い、被告人も涙を流してこれを重く受け止めていること

 

 

3 被告人の反省をどうやって引き出すか

 

法廷を見てもいないし、新聞報道もさして注目していたわけではないですが、私が情状弁護をするなら、前述した10個の事情くらいはおそらく出したことでしょう。

 

そして、瀧さんを被告人質問したなら、瀧さんの娘さんのことを聞いたと思います。以下は仮想の尋問です。

 

 

弁護人 「あなたには中学生の娘さんがおられますね。今回のことをどう伝えましたか」

被告人 「お父さんは間違ったことをした、使ってはいけない薬物を使ってしまった、自分が弱かったと言いました」

弁護人 「娘さんはどのような反応でしたか」

被告人 「黙って聞いていました(泣いていました)」(涙声)

弁護人 「あなたは、自分のストレスに負けて、娘さんに辛い思いをさせましたね。こんな思いをもう一度娘さんにさせることができますか」

被告人 (泣いていて答えられない)

弁護人 「終わります」

 

 

人は家族には弱い‥と思うことがよくありました。

 

 

広域窃盗(薬局の高価品狙い)を組織的に(共犯者たちと)行っていた被告人(高校卒業後実家を離れ職業を転々。30代半ば。体重100キロ超の巨漢)を国選で弁護したことがあります。

 

実刑は確実な状況でした。

 

ただ、唯一の家族である母親と10数年会っていないし、連絡もとっていない、ということでした。

 

母親は、スーパーの魚調理専門で働き続け、子育てを終えてから、定年で退職し、その当時は頼まれると、魚調理のアルバイトをしているということでした。

 

私はダメ元で、母親に手紙を書きました。

 

母親から電話がきました。法廷に出ると言ったのです。

 

10数年ぶりに法廷で息子を見た母親は驚いてはいたものの、ほぼ打ち合わせなしで私の質問に正直に答えてくれました。

 

 

弁護人 「あなたは被告人を監督できないですね」

母親  「はい、無理です」

弁護人 「被告人にどうなって欲しいですか」

母親  「自分で働いて、自分で稼げ。二度と裁判にかけられるようなことをするな。そうやって生きていって欲しい。そうやって生きていけると信じています」

 

 

母親が、あまり大きくない声で、裁判官に向きながら、訥々と証言している、ちょうどその時、私のすぐ目の前に座っていた被告人(大柄で下を向いている)がなんと表現していいかわからないような、変な声(おぉ、おぉという喉の奥から出るような感じ)で、嗚咽を始めてしまったのです。

 

彼はその法廷が終わって、拘置所に連れ戻されるとき、私に向かって、大きな声で「先生、ありがとうございました。」と叫ぶように言いながら、頭を深く下げました。

 

ああ、やっぱり家族の肉声は彼にも響いたのだなと私は思いました。

 

4 「被告人は変わる」と信じること

 

なんども、失敗する被告人を弁護することはあります。

 

刑務所に入っているときに、同房の受刑者と喧嘩になって怪我をさせ、そのことが傷害罪で起訴された事件がありました。当然、国選弁護事件です。

 

まだ、若い被告人(20代前半)で、暴力団の手先として事件を起こして実刑になっていました。

 

これに刑務所内の傷害事件が加わるので、刑期が伸びることは必定です。

 

私は、彼に面会したとき「お前は一体何をしたいんだ」と聞いてみました。

 

彼は私になんと言ったと思いますか。

 

彼は「先生、俺、大学入って経済を勉強したい」と言ったのです。

 

「情状」ってどんなことですか?〜「ピエール瀧被告執行猶予の判決」報道から〜③

 

私は内心(何を言ってるんだ)と思いつつ、「高校を出ていなければ、大学検定試験を受けて受験資格を得ないとできないよ」と半ば、本気ではないだろうと言ったのです。

 

そしたら、「数学と国語の認定は合格している。あと英語を‥」と言い出したのです。

 

私は、それを情状の証拠として法廷に出すことにして準備し、彼との手紙のやり取り、大学に行きたい気持ちを書いた手紙を証拠として出したりして、法廷で被告人質問をしました。

 

 

弁護人 「将来を考えるなら暴力団の兄貴に正直に話して、足を洗う、組織を脱退するんでしょう。」

被告人 「‥(しばらく沈黙)‥」

弁護人 「(強く)どうなんですか」

被告人 「兄貴には世話になりました。ちゃんと世話になった以上、簡単には脱退できません」

弁護人(この馬鹿正直野郎が!)「大学に入りたいなら、真っ当な仕事をするのが前提だろう」

被告人 「先生、わかっていますが、今は言えません」

 

このとき、法廷に両親も私が呼び寄せていました。

最後に、裁判官が尋ねました。

 

裁判官 「君の手紙を見ました。すごく丁寧に字を書いているが、相当時間をかけていますね。」

被告人 「はい、励ましてくれた先生に一所懸命書きました」

裁判官 「いいかね、君はやる気になればできると思うよ。弁護人の言っていることをもう一度よく考えて、自分のこれからを決めなさい」

 

 

当然、実刑でしたが、求刑よりもかなり割り引いた判決でした。

 

その後、彼からも手紙が届きました。刑期が終わったら、ちゃんと自分のやりたいことを目指してみるとありました。

 

私は、若い被告人に時々山本周五郎の小説「さぶ」を差し入れするのですが、彼にも差し入れしました。

 

才気が溢れ、有能な職人である事実上の主人公栄二が、大店から濡れ衣を着せられ、人足寄場に流されたりしながらも、様々な苦労を経て、最後は、自分を信じ続け、朴訥で人を裏切らない親友の「さぶ」の期待に応えて立ち直っていく物語です。

 

人が本当の意味で立ち直るには、彼や彼女を信じてくれる人が必要です。その信じる人がいるからこそ、被告人たちは変わっていくのでしょう。

 

「情状」ってどんなことですか?〜「ピエール瀧被告執行猶予の判決」報道から〜④

 

同僚の弁護士が、あるとき待ち時間があり、私の刑事法廷での弁論を見たそうです。

 

どう見てもふてぶてしく、反省もしていないように見える被告人のどこを情状として弁論するのだろう、どういう言い回しで情状弁護をするのだろうと、訝っていたとのことです。

 

私の最後の弁論は次の言葉だったそうです(私はもう完全に忘れています)。

 

「被告人には更生する兆しがある。弁護人はそれを信じている。」(これを聞いて、なんと都合のいい言葉だろうと、その弁護士は聞いていたようです。)

 

これは裁判官に申し上げたものではない、私は私が信じようとしていることを忘れないでくれと、おそらく被告人に言いたかったのです。

 

少なくとも、一期一会で引きわせてくれた偶然の法廷で、被告人に向かってその立ち直りを期待して言ったのです。

 

今でも、私は、被告人にとっての一番の情状は、「被告人が変わる」ことを信じる誰かがいることだと思っています。

 

結局、二度と事件を起こさないための布石こそが情状なんだろうと、改めて思うところです。

 

理事長:和田 光弘

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