2023/10/30
法務情報
性同一性障害者特例法に基づく性別変更のための生殖腺除去要件(4号)は「違憲」 判断のポイントを解説
新潟事務所、弁護士中川正一、燕三条事務所、長岡事務所、新発田事務所、上越事務所、その他、コラム
1. はじめに
最高裁判所が令和5年10月25日、性同一性障害者の性別変更を認める特例法(以下「特例法」といいます)の一部を違憲とする判断をし、話題になりました。
具体的には、特例法3条1項4号において、「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。」と規定されていることから、性別変更を求めるには、特段の事情がない限り生殖腺除去手術(内性器である精巣又は卵巣の摘出術)を受ける必要があります。
これが人権侵害ではないかが争われた事例なのですが、最高裁は、特例法の前記部分を違憲とする判断をしたのです。
一般的な受け取り方としては、手術なくして性別変更を認める、と理解された方が同判決日に「男性器を残したまま女風呂に入れるのではないか」という不安の声が聞かれたりしました。
しかし、今回の判例が言及したのは、生殖腺除去(内性器の除去)の話ですから、男性器という外性器の話を直接したわけではありません。
特例法3条1項5号は「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分は近似する外観を備えていること。」と規定しているところ、外性器の話はこの5号において議論されるべきものですが、今回の最高裁は原審(広島高裁岡山支部平成30年2月9日決定)の適否を判断する立場にあったのですが、原審がこの5号について判断をしていなかったため、最高裁も判断していません。
ですから、今回の判例から直ちにお風呂の話題に直結するわけではありませんので、この点は誤解しないでください。
ただし、複数の裁判官が反対意見の中で、当然議論されるべき5号にも言及していますので、後でその話題にも触れたいと思います。
2.背景事実
(1)立法経緯
特例法が制定されたのは平成15年7月です。
当時の法案提出理由からすると、特例法は性同一性障害が世界保健機関の策定に係るICD(国際疾病分類)第10回改訂版等にも掲載された医学的疾患であるとの理解を前提として、性同一性障害を有する者が、段階的治療の第3段階(生殖腺除去手術、外性器の除去手術又は外性器の形成術等)を経ることにより医学的に必要な治療を受けた上で、自己の性自認に従って社会生活を営んでいるにもかかわらず、法的性別が生物学的な性別のままであることにより社会生活上の様々な問題を抱えている状況にあることに鑑み、一定の要件を満たすことで性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けることを可能にし、治療の効果を高め、社会的な不利益を解消するために制定されたものと解されます。
当時の日本精神神経学会の定めた「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン」第2版は、前記第3段階を経た性同一性障害を有する者について、法的性別の変更がなければ、社会生活上大きな障害になるものとされており、特例法の立法当時は、内性器除去、外性器除去又は形成手術ありきの性同一性障害者を性別変更の対象者として想定していました。
ただし、特例法の附則には、性同一性障害者の範囲等について、特例法の施行の状況、性同一性障害者等を取り巻く社会的環境の変化等を勘案して検討が加えられ、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置が講ぜられるものとする旨の規定が置かれています。
つまり、社会の変化に伴った法律上の変更を予定しているといえ、実際に特例法3条1項3号の規定は平成20年改正で変更されています。
(2)社会の変化
ア 身体的治療の必要性に対する考え方
平成18年1月に提示された同ガイドライン第3版では、性同一性障害を有する者の示す症状は多様であり、どのような身体的治療が必要であるかは患者によって異なるとして、段階的治療という考え方は取られなくなりました。
具体的には、身体的治療を要する場合には、ホルモン療法、乳房切除術、生殖腺除去手術、外性器の除去術又は形成術等のいずれか、あるいはその全てをどのような順序でも選択できるものと改められました。
イ 性同一性障害の位置付けの変化
性同一性障害について、「障害」との位置付けは不適切であるとの指摘がされたため、ICD第11回改訂版において、性同一性障害の名称は「性別不合」に変更されました。
ウ 特例法の改正(平成20年)
特例法3条1項3号は、平成20年改正により、「現に子がいないこと」を「現に未成年の子がいないこと」に改められました。
同改正は、成年子との関係では母であった者が性別変更をして男になることを許容するものであり、「男である母」や「女である父」が存在しうることを肯認していると評価できます。
今回の最高裁が指摘しています。
エ 社会状況の変化
① 特例法の施行から、1万人を超える者が性別変更審判を受けた。
② 文科省の学校教育現場における性同一性障害を有する児童生徒の心情等に十分配慮した対応を促す通知(平成22年以降)
③ 東京都文京区において性自認等を理由とする差別的取扱を禁止する条例が制定(平成25年)された以降、相当数の地方公共団体の条例で同趣旨の条項が設けられている。
④ 厚労省の性的マイノリティを排除しないよう求める取り組み(平成28年)
⑤ 日本経済団体連合会が、いわゆるLGBTへの適切な理解を促す提言(平成29年)
⑥ 一部の女子大において法的性別は男性であるが心理的な性別は女性である学生を受け入れた(令和2年)。
⑦ 特例法の制定当時、多くの国が生殖能力の喪失を性別変更要件と定めていたが、平成26年に世界保健機関等が同要件に反対する声明を発し、平成29年には欧州人権裁判所が欧州人権条約に違反する旨の判決したことから、現在では、欧米諸国を中心に生殖能力の喪失を要件としない国が増加し、相当数に及んでいる。
⑧ 性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律の制定(令和5年6月)
(3)近年の裁判例
ア 今回の最高裁判決の原審(広島高裁岡山支部平成30年2月9日決定)
ここでは「性別に関する認識は、基本的に、個人の内心の問題であり、自己の認識する性と異なる性での生き方を不当に強制されないという意味で、個人の幸福追求権と密接にかかわる事柄であり、個人の人格権の一内容をなすものということができるが、これを社会的にみれば、性別は、民法の定める身分に関する法制の根幹をなすものであって、これら法制の趣旨と無関係に、自由に自己の認識する性の使用が認められるべきであるとまではいうことができない。すなわち、性同一性に係る上記人格権の内容も、憲法上一義的に捉えられるべきものではなく、憲法の趣旨を踏まえつつ定められる法制度をもって初めて具体的に捉えられるものであるといわなければならない。そうすると、身分法全体の法制度を離れて、4号が性別適合手術を性別の取扱いの変更の要件の1つと定めていること自体を捉えて直ちに人格権を侵害し、違憲であるか否かを論ずることは相当ではない。」としたうえで、「性の自認や性的指向等がその者の生物学的な性と完全に一致しない態様やその程度は極めて多様である。そうすると、どのような者について、前記のような法的効果を有する法律上の性別の取扱いの変更を認めるのが相当か、その要件をどのように定めるかについては、これらの者を取り巻く社会環境の状況等を踏まえた判断を要するのであって、基本的に立法府の裁量に委ねられていると解するのが相当である。」とし、立法府が裁量権の範囲を逸脱したかを検討しました。
その結果、「特例法に基づいて性別の取扱いの変更がされた後、元の性別の生殖能力に基づいて子が誕生した場合には、現行の法体系で対応できないところも少なくないから、身分法秩序に混乱を生じさせかねない。」として、立法目的が正当であることを根拠として、立法の裁量の範囲内にある特例法の4号を合憲と判断しました。
イ 最高裁の合憲判断(平成31年1月23日)
最高裁は、平成31年1月23日に、今回と同一の条項について、合憲判断をしています。
このときは、「本件規定は、性同一性障害者一般に対して上記手術を受けること自体を強制するものではないが、性同一性障害者によっては、上記手術まで望まないのに当該審判を受けるためやむなく上記手術を受けることもあり得るところであって、その意思に反して身体への侵襲を受けない自由を制約する面もあることは否定できない。もっとも、本件規定は,当該審判を受けた者について変更前の性別の生殖機能により子が生まれることがあれば、親子関係等に関わる問題が生じ、社会に混乱を生じさせかねないことや、長きにわたって生物学的な性別に基づき男女の区別がされてきた中で急激な形での変化を避ける等の配慮に基づくものと解される。これらの配慮の必要性、方法の相当性等は、性自認に従った性別の取扱いや家族制度の理解に関する社会的状況の変化等に応じて変わり得るものであり、このような規定の憲法適合性については不断の検討を要するものというべきであるが、本件規定の目的、上記の制約の態様、現在の社会的状況等を総合的に較量すると、本件規定は、現時点では、憲法13条、14条1項に違反するものとはいえない。」と判断した。
注目すべきは、「現時点では」という留保付の合憲判断だったことです。
なお、2人の裁判官は、補足意見として、今回の最高裁があげた前記背景事実のほとんどを指摘していますが、特例法の施行から14年余りを経た当時としては、性別変更が認められた例が7,000人を超える状況だったようです。
3.憲法13条とは
(1)憲法13条は、下記のように規定されています。
“すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。”
社会の変革に伴い個人が人格的に生存するために不可欠と考えられる基本的な権利・自由として保護に値すると考えられるいわゆる「新しい人権」は、一般的に憲法13条を根拠に憲法上保障される人権の1つと考えられています。
(2)今回の最高裁判決が出る約1月前にいわゆる芦部憲法第8版が出版されました。
芦部先生はご逝去されていますので、新たな執筆部分は高橋和之*[1]先生によるものです。
同書でも、最近注目を集めている問題として、性同一性障害者が「自己の自認する性にしたがって生きる自由」を指摘しています。
さらに同書では、人権侵害を判断する際の方法として、①その法律がいかなる人権を制約しているかを判断し、②その制約が公共の福祉による制限として正当化されるかという手順を紹介しています。
ただし、最高裁は、13条違反が争われる場合、13条の保障するいかなる権利が制約されているかを明確にすることを避け、あるいは極めて抽象的な「人格権」が制約されているとのみ述べ、議論の焦点を制約の正当化に合わせる手法を取ることが多い、と評価されています。
_______
*[1] 某国会議員が国会で行った憲法クイズで言いたかった(?)と思われる著名な憲法学者です。なぜ(?)なのかはひっそりと検索してみてください。
4.今回の最高裁判決
(1)まず、「自己の意思に反して身体への侵襲を受けない自由」を憲法13条によって保障される人権として扱っています。
そして、「本件規定は、治療としては生殖腺除去手術を要しない性同一性障害者に対して、性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を実現するために、同手術を受けることを余儀なくさせるという点において、身体への侵襲を受けない自由を制約するものということができ、このような制約は、性同一性障害を有する者一般に対して生殖腺除去手術を受けることを直接的に強制するものではないことを考慮しても、身体への侵襲を受けない自由の重要性に照らし、必要かつ合理的なものということができない限り、許されないというべきである。」
以上のように述べ、判断基準として「本件規定が必要かつ合理的な制約を課すものとして憲法13条に適合するか否かについては、本件規定の目的のために制約が必要とされる程度と、制約される自由の内容及び性質、具体的な制約の態様及び程度等を較量して判断されるべきものと解するのが相当である。」と述べました。
(2)判断のポイント
①特例法の立法趣旨と合理性について
本件規定の立法趣旨を「性別変更審判を受けた者について変更前の性別の生殖機能により子が生まれることがあれば、親子関係等に関わる問題が生じ、社会に混乱を生じさせかねないこと、長きにわたって生物学的な性別に基づき男女の区別がされてきた中で急激な形での変化を避ける必要があること等の配慮に基づくもの」としています。
原審では、これを正当な目的と判断しています。
しかし、最高裁では、「性同一性障害を有する者は社会全体からみれば少数である上、性別変更審判を求める者の中には、自己の生物学的な性別による身体的特徴に対する不快感等を解消するために治療として生殖腺除去手術を受ける者も相当数存在することに加え、生来の生殖機能により子をもうけること自体に抵抗感を有する者も少なくないと思われることからすると、本件規定がなかったとしても、生殖腺除去手術を受けずに性別変更審判を受けた者が子をもうけることにより親子関係等に関わる問題が生ずることは、極めてまれなことである」と判断しました。
また、「親子関係等に関わる問題のうち、法律上の親子関係の成否や戸籍への記載方法等の問題は、法令の解釈、立法措置等により解決を図ることが可能なものである。」と問題の解消を民法等他の法令変更により図るべきことを指摘しており、原審と大きく異なります。
さらに、性別変更前の性別の生殖機能により子をもうけると、「女である父」「男とである母」が存在する事態が生じうるが、平成20年改正により成年の子がいる性同一性障害者が性別変更審判を受けた場合にはこの事態を肯認されることになったが、現在までに、このことにより親子関係等に関わる混乱が社会に生じたことはうかがわれない、ことを指摘しています。
そのうえで「特例法の施行から約19年が経過し、これまでに1万人を超える者が性別変更審判を受けるに至っている中で、性同一性障害を有する者に関する理解が広まりつつあり、その社会生活上の問題を解消するための環境整備に向けた取組等も社会の様々な領域において行われていることからすると、上記の事態が生じ得ることが社会全体にとって予期せぬ急激な変化に当たるとまではいい難い。」としたうえで、「特例法の制定当時に考慮されていた本件規定による制約の必要性は、その前提となる諸事情の変化により低減しているというべきである。」と判断しました。
②医学的知見からの検討
特例法が立法当時においては、医学的にも合理的関連性があったものと理解したうえで、その後、医学的知見の進展により、「治療の在り方の多様性に関する認識が一般化して段階的治療という考え方が採られなくなり、…必要な治療を受けたか否かは性別適合手術を受けたか否かによって決まるものではなくなり、上記要件を課すことは、医学的にみて合理的関連性を欠くに至っているといわざるを得ない。」と判断しました。
「そして、本件規定による身体への侵襲を受けない自由に対する制約は、上記のような医学的知見の進展に伴い、…身体への侵襲を受けない自由を放棄して強度な身体的侵襲である生殖腺除去手術を受けることを甘受するか、又は性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を放棄して性別変更審判を受けることを断念するかという過酷な二者択一を迫るものになったということができる。」
「生殖能力の喪失を法令上の性別の取扱いを変更するための要件としない国が増加していることをも考慮すると、前記の本件規定の目的を達成するために、このような医学的にみて合理的関連性を欠く制約を課すことは、制約として過剰になっているというべきである。」
③結論
「本件規定による身体への侵襲を受けない自由の制約については、現時点において、その必要性が低減しており、その程度が重大なものとなっていることなどを総合的に較量すれば、必要かつ合理的なものということはできない。よって、本件規定は憲法13条に違反するものというべきである。」
そのうえで、原審が特例法3条1項5号の審理を尽くしていないので、原審に差し戻す、という結論でした。
5.公衆浴場の問題
今回の最高裁の判断について、3人の反対意見はありますが、前記のとおり、憲法13条に違反する点について、裁判官全員の意見が一致しています。
反対意見の中で、5号規定に触れているものがあります。
(1)1つ目の意見(5号規定を違憲無効と考える)
5号規定は、「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。」と規定するところ、これに該当するためには、原則として、外性器の除去術及び形成術又は上記外観を備えるに至るホルモン療法(以下、これらの治療を「外性器除去術等」という。)を受ける必要があります。
このような外性器除去術等は、生命又は身体に対する危険を伴い不可逆的な結果等をもたらす身体への強度の侵襲です。
この観点から、4号規定と同様の判断基準で検討し、5号規定も憲法13条に違反すると結論づけています。
皆さんの関心は、5号規定の合理性がどのように検討されたかにあると思いますので、その点を確認してみましょう。
ア 5号規定の目的
「5号規定の目的についてみると、5号規定は、他の性別に係る外性器に近似するものがあるなどの外観がなければ、例えば公衆浴場で問題を生ずるなど、社会生活上混乱を生ずる可能性があることなどが考慮されたものと解される。」
イ 公衆浴場等の状況
① 公衆浴場等については、一般に、法律に基づく事業者の措置により、男女別に浴室の区分が行われている。
② このような浴室の区分は、各事業者の措置によって具体的に規律されるものであり、それ自体は、法令の規定の適用による性別の取扱い(特例法4条1項参照)ではない。
実際の利用においては、通常、各利用者について証明文書等により法的性別が確認されることはなく、利用者が互いに他の利用者の外性器に係る部分を含む身体的な外観を認識できることを前提にして、性別に係る身体的な外観の特徴に基づいて男女の区分がされているということができる。
ウ 5号規定がなかった場合
① 性同一性障害者は、治療を踏まえた医師の具体的な診断に基づき、身体的及び社会的に他の性別に適合しようとする意思を有すると認められる者であり(特例法2条)、そのような者が、他の性別の人間として受け入れられたいと望みながら、あえて他の利用者を困惑させ混乱を生じさせると想定すること自体、現実的ではない。
② その一方で、5号規定がない場合には、性別変更審判により、身体的な外観に基づく規範と法的性別との間にずれが生じ得ることについて、利用者が不安を感じる可能性があることは否定できない。
しかし、その場合でも、上記規範の性質等に照らし、性別変更審判を受けた者を含め、上記規範が社会的になお維持されると考えられることからすると、これを前提とする事業者の措置がより明確になるよう、必要に応じ、例えば、浴室の区分や利用に関し、厚生労働大臣の技術的な助言を踏まえた条例の基準や事業者の措置を適切に定めるなど、相当な方策を採ることができる。
また、特例法は、性別変更審判を受けた者に関し、法令の規定の適用については、その性別につき他の性別に変わったものとみなす旨を規定するが、法律に別段の定めがある場合を除外して、その例外を予定しており(4条1項)、公衆浴場等の利用という限られた場面の問題として、法律に別段の定めを設けることも考えられる。
③ 5号規定がなかったとしても、単に上記のように自称すれば女性用の公衆浴場等を利用することが許されるわけではない。
その規範に全く変わりがない中で、不正な行為があるとすれば、これまでと同様に、全ての利用者にとって重要な問題として適切に対処すべきであるが、そのことが性同一性障害者の権利の制約と合理的関連性を有しないことは明らかである。
エ トイレ等の場合
トイレや更衣室の利用についても、男性の外性器の外観を備えた者が、心の性別が女性であると主張して、女性用のトイレ等に入ってくるという指摘がある。
しかし、トイレ等においては、通常、他人の外性器に係る部分の外観を認識する機会が少なく、その外観に基づく区分がされているものではない。
利用者が安心して安全にトイレ等を利用できることは、全ての利用者にとって重要な問題であるが、各施設の性格(学校内、企業内、会員用、公衆用等)や利用の状況等は様々であり、個別の実情に応じ適切な対応が必要である。また、性同一性障害を有する者にとって生活上欠くことのできないトイレの利用は、性別変更審判の有無に関わらず、切実かつ困難な問題であり、多様な人々が共生する社会生活の在り方として、個別の実情*[2]に応じ適切な対応が求められる。
このように、トイレ等の利用の関係で、5号規定による制約を必要とする合理的な理由がないことは明らかである。
____________
*[2] 最高裁は、令和5年7月11日判決で、個別の実情を考慮して、性同一性障害者が自認する女性用トイレの使用を職場に求めた事案で執務室から2階離れた階の女性トイレの使用を認めていた措置について違法と判断しています。これは個別事案に基づく判断ですが、職場環境を実質的に検討し当該性同一性障害者が職場内のトイレを自由に使用させることができたと判断したものです。
(2)2つ目の意見(5号規定を違憲無効と考える)
こちらの意見も結論は1つ目の意見と同じです。
以下のような検討のうえ、5号規定の制約手段は5号規定の制約目的に照らして相当なものであるとはいえず、5号規定は本件規定と同様に違憲である、と述べています。
ア 5号規定の目的
この見解は「5号規定の制約目的は「自己の意思に反して異性の性器を見せられて羞恥心や恐怖心あるいは嫌悪感を抱かされることのない利益」(以下、この利益「意思に反して異性の性器を見せられない利益」という。)を保護することにある」と考えたうえで、性器を公然と露出する行為が刑法174条の罪(公然わいせつ罪)に当たることは確立されていることなどを背景に5号規定の制約目的には正当性が認められる、とします。
イ 手段の相当性
① 我が国の全人口に占める性同一性障害者の割合は非常に低く、その中でも5号要件非該当者に当たる者はさらに少ない上に、「意思に反して異性の性器を見せられない利益」が尊重されてきた我が国社会の伝統的秩序を知りながらあえて許容区域に入場し、そこで自らの性器を他の利用者に見えるように行動しようとする者はもっと少なく、存在するとしても、ごく少数にすぎないであろう。
② 第二に留意すべきことは、全ての許容区域は、これを公衆の用に供することを業として行う者の管理下にあるという点である。
許容区域の管理者は、①厚生労働大臣が各地方公共団体にする技術的助言及びこれを踏まえた許容区域の性別区分を定める諸条例においていうところの「男女」の解釈(なお、現行の上記技術的助言(令和5年6月23日付薬生衛発0623第1号)は「男女」の区分は専ら身体的な特徴によってなされるべきであるとしている)。
あらゆる許容区域の管理者は、利用者が有している「意思に反して異性の性器を見せられない利益」が損なわれることのないよう細心の注意を払うとともに、定められた利用規則の内容を当該許容区域の利用者に周知徹底させるよう努めることが期待できる。
6.まとめ
(1)前記のとおり、同じ特例法4号について判断した平成31年最高裁は合憲判断をしていたのに対し、今回の令和5年最高裁は違憲判断をしました。
今回の最高裁があげた背景事実を参照して振り返ってみると、2つの最高裁判断の時点での差は、①性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律の制定(令和5年6月)と②変更手続の利用者が7000人超えから1万人超えに増えたことくらいしかなさそうなのに、この2つだけが要因となって判断が逆転したようには思えません。
この点、平成31年最高裁判決の補足意見では、「本件規定は、現時点では、憲法13条に違反するとまではいえないものの、その疑いが生じていることは否定できない。」と指摘したうえ、判決文でも「現時点では」という留保付の合憲判断だったことをみると、再度、立法府に課題を出したがこれが変化がなかったがゆえの判断だったのではないでしょうか。
結論としては非常に納得できるものでしたし、公衆浴場に関する議論も差戻し審に先行して、反対意見の中で論じられたのは一般の方の不安解消に資したように思います。
(2)ただ公衆浴場に関する議論において、指摘された同領域においては、「『男女』の区分は専ら身体的な特徴によってなされるべき」という指摘されていることにより、将来、外形的手術を経ずに性別変更できるようになった方は、戸籍上の性別変更をした後も、公衆浴場等では旧性を意識しなければならないことになります。
そもそも実生活において、自認する性との不合を問題として性別変更を希望したのに、実社会において旧性を意識しなければならない領域が公衆浴場やトイレなどという日常に存在することは性別変更の目的を遂げたことにならないのではなかろうか、という疑問も個人的にはあるところ、性別変更に関する議論の完全終結はまだまだ先のように感じています。
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